~計算ツールに終わらない“共創の仕組みづくり”とは~
これまで2回にわたり、Scope3対応を「評価すること」から「可視化して行動につなげること」まで整理してきました。
しかし、実際にサプライチェーン全体を動かすには、さらに一歩踏み込んだ「つながり」の仕組みが必要です。
単に取引先に要求するのではなく、共に成長する関係性を築くこと──そのための鍵が、ポジティブ型調達と実装支援です。
本稿では、先進企業の実例を交えながら、取引先を巻き込む支援の3つの型と、インセンティブ設計による新しい調達の姿を紹介します。
【3回シリーズ 構成】
- 第1回:第1回 企業が求める“Scope3対応”はここまで来た
Scope3対応がどこまで求められているのか?先進企業の調達方針を比較し、評価から取引判断に至る3段階モデルを紹介します。 - 第2回:評価だけで終わらせない:“温度計モデル”による可視化の方法
Scope3調達方針に応じて、Scope3の“自社側での対応”が問われます。自社の調達基準の状況、サプライヤーの状況を可視化し、社内展開・実行管理をどう行うか?評価ツールの解説と運用モデルを詳しく見ていきます。 - 第3回:Scope3は“つながり”で動かす:ポジティブ型調達と実装支援の最前線(本稿)
再エネ導入や認証取得など、取引先が行動を起こす“後押し”をどう設計するか。評価から支援へとつながる実装支援の最新事例をご紹介します。
<第3回 Scope3は“つながり”で動かす:ポジティブ型調達と実装支援の最前線>
評価から支援へ──“選別”というよりは“巻き込み”
第2回で整理した3段階モデルと温度計モデルは、自社や取引先の現在地を把握する強力なツールです。
しかし、Scope3対応はそこで終わりではありません。評価を踏まえて「どう後押しするか」が、関係構築の分かれ道となります。
先進企業の事例を見ると、厳しい要求だけでなく、支援やインセンティブを組み合わせた“ポジティブ型調達”が見え始めていると思います。
実装支援の3つの型

セミナーでは、支援策を3つの型に整理しました(図1参照)。
- 1,能力構築型支援:算定研修、教育、ツール配布などを通じてサプライヤーの「自走力」を育てる。初期段階や構築段階にある企業が対象。
- 2,制度整備型支援:EMS導入、再エネ調達、PPA契約など、仕組みそのものを整える支援。構築から制度化への過渡期で有効。
- 3,インセンティブ型支援:表彰、加点評価、優先購買、長期契約といった“ご褒美”で行動を促す。制度化段階の企業に効果的。
これらを組み合わせることで、単発の評価から継続的な改善のサイクルをつくることが可能になります。
ポジティブ型調達の広がり
従来の調達は「条件を満たさなければ取引縮小」というネガティブな圧力が中心でした。
しかし近年は、「再エネ100%を達成したら取引拡大」や「認証取得企業を優先購買」といったポジティブ型調達へとシフトしています(図2参照)。
これは単なる優遇措置ではなく、取引先の努力を認め合い、次の行動を促す仕組みです。結果として、自社のリスク低減とサプライチェーン全体の底上げを両立します。

共に進む仕組みとしてのScope3
Scope3は「自社だけ」では解決できない領域です。ここで重要なのは、GHGプロトコルが示す根本思想として「重複算定を認める」という仕組みが採用されていることです。サプライチェーン上の2社が同じCO₂排出をそれぞれ算定することは一見“二重計上”のように見えますが、実はそこに意図があります。もし互いに「どちらの排出か」と押し付けあってしまえば、抜け落ちが発生し、カーボンエスケープ(排出責任の逃避)が起こりかねません。そこで、重畳的にカバーしあうことを許容することで、排出の“抜け”を防ぎ、結果的に全体の正確性を高める仕組みとなっているのです。
この思想に立てば、Scope3のマネジメントは単なる取引条件の押し付けではなく、「協働」と「共創」を前提にせざるを得ないことが理解できます。サプライヤーの算定や削減の取組みを自社がサポートすることは、自社の算定精度を高めるだけでなく、取引先の競争力や資金調達力の強化にもつながります。つまり、Scope3は“共に進む仕組み”であり、協働関係を築く企業ほど、長期的にはサプライチェーン全体の安定や新たな商機の獲得といったビジネス上のメリットを享受できるはずであると、私は考えています。
まとめ
Scope3対応は、もはや一部の先進企業だけのテーマではなく、あらゆる業種・規模の企業にとって避けて通れない課題となっています。その実行のためには、ポジティブ型調達やインセンティブ設計といった「動かす仕組み」が欠かせません。
そして何より重要なのは、Scope3の根本思想が「重複算定を認め、互いにカバーしあう」という点にあります。これは単なる計算ルールではなく、サプライチェーン全体が協働し、共創的に進むことを前提とした仕組みです。言い換えれば、Scope3は“共に進むためのフレームワーク”そのものであり、その思想を理解した企業こそが、持続的な競争力と信頼を獲得できるのです。
3回シリーズの総まとめ
Scope3は単なる“計算”の話ではなく、“協働と共創”のフレームワークです。この理解の差が、これからの競争力を分けるはずです。
*このブログは(一社)企業研究会セミナー 「サプライチェーン脱炭素の戦略設計と実務フレーム」(2025年7月開催)の内容をもとに執筆しています。
本セミナーの内容をもっと詳しく知りたい方、自社での取り組みに活かしたい方は、ぜひご相談ください。メール(kgj_cherry01@mbr.nifty.com)または[お問い合わせフォーム]よりお待ちしております。
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